トラバースシテイはコスモポリタン   Traverse City is Cosmopolitan

これまで、今住んでる所よりもっと北に行くなんていやだ、だから北ミシガンは絶対行かない、と思ってたのだが、7月〜9月に行けば、本当に美しいし、とりわけ、トラバースシテイ(Traverse City)はコスモポリタンなので、自分には居心地がよくて好き、ということに、最近気がついた。

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ダウンタウン 夏はそよ風が吹いて、さらっとしてて、とても快適。

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ダウンタウンのカフェ。

アラブ系の若いママが、ヘッドスカーフと長いドレスを着て、ベビーカー(baby carriage)を傍に置いて朝食をとっていた。こんなことは、他の北部の町ではちょっと考えられない。

その隣には、いかにも都会のホワイトカラー風のかっこいい、スラッとしたパパ、ママ、そして2人の小さな子供の4人家族。

Crepes at Euro cafe

遅い朝食に、クレープを頼んでみた。

だいたいアメリカ(この辺だけの話かもしれないけど)で出てくるクレープというのは、すごく分厚くて、まるでパンケーキのようで、そしてゴワゴワしているので美味しくない(と思う)のだが、ここのクレープは良かった!

お店の名前が「Eurostop」というだけあって、ヨーロッパ的。オーナー、ヨーロッパで修行でもしてきたかな?

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ミシガンシエター(Michigan Theater) がここにも。

ミシガンシエター(Michigan Theater)は、アナーバー(Ann Arbor)、サウスヘイブン(South Haven)、トラバースシテイ(Traverse City)の3カ所にあるのですね。

ミシガン州出身の社会派映画監督マイケル・ムーア(Michael Moore)氏は、ここトラバースシテイに別荘を持っているそうです。夏の映画祭には、彼もひょっこりこの映画館に現れたりするのでしょうか。

うちの改築(remodeling)を昔やってくれたhome improvement業者のオジさんも、この町に別荘を建てました。ローカルのアメリカ人は、ちょっとお金があると、こういう所に別荘を買う、または自分で建てるのが本当に好きですね。

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今回泊まったのは、ダウンタウンのど真ん中にあるこのホテル(Park Place Hotel)

ちょっと高めだけど、ダウンタウンにブラブラ歩いて行けるというのが魅力で、一度泊まってみたかった。

以前は、ビーチのすぐそばにたくさん建っている、もっともっと安いモテルに泊まっていました。

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北の水は、夏には深い群青色になる。

南の方に行くと、こんなに深い青色は見られない。

この写真に写っている女性が散歩させているのは犬ではなく、なんとブタです!

クロブタ(a black pig)。すごく可愛かったのですよ。どこぞでもらって来たのだそうです。

首輪つけてleashつけて右往左往ウロチョロする様は、犬と同じでした。

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湖の湾に停泊しているのは、沿岸警備隊か何かの訓練用の船のようです。

 

北ミシガン全体が、従来のイメージ型の米国人ばかりなので(この意味、お分かりですね)、私はちょっと落ち着かないのだが、同じ北ミシガンでもトラバースシテイは違って、なんかcomfortableな気分になれるのは、いろんな人種の観光客がいるからだろう、と私は(いつもの独断と偏見で)思っている。

 

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難点を言えば、湾に沿って道路が作られているので、ビーチに行くには道路を横断しないと行けないこと。この道路が、すごく交通が激しくて騒々しい。信号があるので、青になるまで待って渡ればいいのだが、でも、ビーチに辿り着く前に排気ガスや砂塵に髪や顔がまみれてしまうような気がして(笑)、なんとも鼻白むのである。

Satellite image

このGoogle sattelite map (衛星写真)で見える白いライン(72号線)がそうで、車の往来のうるさいことったら、とてもannoyingである。

昔、ウオーターフロント(waterfront)の概念がまだできる前の時代(50年代? 60年代?)には、こういう、水辺の周りに沿って道路を敷くのが良いことと考えられていたと聞く。でも、今では、こういうのは人気ないに違いない。西海岸のどこの街だったっけ、同じように水辺に沿ってぐるっと道路が走っていたのだが、その道路を地下に潜らせて、地上ではリゾートっぽく静かに歩いてビーチに行けるようにしたと聞いた。トラバースシテイも、いつか、そうなってほしいなと思うが、ミシガンのpolitical climateでは、当分は無理か。

 

 

 

 

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春です! Spring is here!

やっと春が来たようです。

ミシガン湖の氷が解け始めた。

下の写真は、3日ほど前のミシガン湖ビーチタウン、St. Josephでの写真。

湖に白く見えるは波頭かと思ってはいけない。氷である!!

まるで、オホーツク海の流氷みたいだ。

Lake Michigan_Mar2015_2

 

うん。。よくみると、波頭もあれば、氷もあるようだ。

遠くの水平線が白で覆われているのは、これは、間違いなく氷。

 

今月初めまでは、湖は完全に氷で覆われていて、スピードスケートをする人も現れた。

Speedskate on Lake MI-Mar15

(3月7日のM-Liveの記事から)

リンク:http://www.mlive.com/news/grand-rapids/index.ssf/2015/03/speed_skating_on_lake_michigan.html

近年、湖が完全に凍ることはなかったのだが、昨年、今年とすごく寒くて、五大湖が完全に凍ったとニュースになったが、スピードスケートをしても大丈夫なほど厚い氷が張ったのは、今年が初めてか?

ああ、同じ月でも初旬と下旬のこの違い。氷が割れ、水面が現れて、やっと春が来たと、うれしい。

でも、すっごく寒いっす。

明日から4月。でも、4月でも油断してはいけない。

義父は生前、息子(亭主のこと)に「Remember. Snow in April!」と口癖のように言って、春が来たとぬか喜ぶ息子を戒めていたそうだが、ほんとにその通りなのだ。今年もきっと、あと一度は雪が降る。

さて、手足がジンと冷えるような初春の夜は(初春と言えど、夜はまるで冬のよう)、この夏はどこに行くか夢でも見て楽しむことにしますか。

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ミルウオーキー 散策  - Milwaukee, Wisconsin

ミルウオーキーのダウンタウンを歩くと、ドイツを観光しているような錯覚に陥る(と言い切りたいけど、ドイツへは昔行ったきりなので記憶がちょっとあやふやです)。

Bldg-8

シカゴは建築で有名だが、シカゴの北隣州にあるミルウオーキーの建築もすごい。

シカゴよりもっと小さくて、もっと静か。

ミニ・シカゴのようだ、と歩きながら何度も思った。

Bldg-7

Bldg-5

ミニシカゴのようであるが、でも、シカゴよりもっとドイツ的な気がした。

ああ〜〜〜(悲鳴)、ミルウオーキーもまた、ドイツ的なり

 

でも、建築的に、ほんとにドイツ的なんでしょうかね? これらのビルは。もしや貴方、建築に詳しければ、これは何様式でドイツ的、これはドイツの様式ではない、など、コメントにてお教えいただければ嬉しいです。

ウイスコンシン州はミシガン湖の西岸。ミシガン湖の東岸にあるミシガン州もドイツ的、と私はかねがね感じているのだが、どうして、五大湖地方は、こうもあちこち、どこに行ってもドイツっぽいんだろう。ドイツ、ドイツ、そしてまたドイツ。正直言って、ちょっと閉口している自分なのである。

 

Bldg-3

このあたりがなぜドイツっぽいのか、その理由は、やはり、ドイツ移民が多い地域だからなんだろうか。19世紀に多くのドイツ移民がアメリカに流入したそうだが、その多くが中西部に定住したそうなのである。

中でもミルウオーキーはドイツ人の移民が非常に多く、1900年頃には人口の3分の1がドイツからの移民またはその子孫だったそうだ。

人口の3分の1もがドイツ系だと、街は当然、ドイツ的になるだろう。「アメリカで一番ドイツらしい街(the most German of American cities)」という評判を得ていたそうである。

Bldg-2-zoom in

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ホテルのようです。シカゴにもこういうのがたくさんある。

 

Theater

一瞬、デパートかと思ったが(今どき、こんな街角のデパートがあるかっ)、これはシエター。今の時代、まだ営業しているだけでも、すごいというもの。

 

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いやはや、重厚で欧州大陸的(と自分は感じた)。私が訪れたのは夏だから、ため息が出るほど素晴らしかったものの、雪に埋もれた厳しいに違いない冬はさぞ気分が落ち込むかも。。。

自分が写真のセミプロでないことが悔しくなった。もっと上手な写真を撮れるようになりたい。。と思わせられた街。

100_1250 ダウンタウン。とてもきれいです。

 

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先ほどのホテルの入口。

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中に入ってみる。案の定、豪奢なホテルのロビー。

Piano bar-1 ピアノ演奏付きのバー兼カフェがあったので、そこで一息。

いい感じでした。

 

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ウオーターフロントもきれいに整備してある。

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細かいところの装飾にも感嘆。

ヨーロッパで修行した職人さんにここで作ってもらったのか、または、ヨーロッパで作ってもらったのを持って来たのか。

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View of Riverwalk Way 100_1251

 

Boat under bridge

 

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Bldg-1

シカゴでよく見られる、屋上から地上まで続くビルの窓の 外の階段が、ここにもある(右側のビル)。

シカゴとは近いし、ミシガン湖に面しているし、ミルウオーキーはシカゴとは何かと似ていて、おかげでとシカゴと競争になり、シカゴに破れたようだ。例えば小麦産業。昔、ミルウオーキーでも小麦産業が盛んだったのだが、シカゴとの競争に破れたそうだ。鉄道のハブ(hub)としての位置など考えると、シカゴに軍配が上がるのは、うん、納得。

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そして、ビール産業。 ミルウオーキーと言えば、ビールの街でもある。大手ビール会社Millerがミルウオーキーにあるのは、超有名。

Millerのビール工場があり、工場の見学ツアーが観光客向けにある(^^)

なぜここでビール産業が発達したかといえば、ドイツ移民が多くここに住んだことが理由。ここに定着するやいなや、誰かがすぐにビール醸造を始めたことは、想像に難くない。ドイツ移民がミルウオーキーに定着し始めたのは1840年代だが、その10年後にはすでに、25件以上ものビール醸造所がミルウオーキー市内にあったらしいから、みな、よっぽどビールを飲んでいたんだな!

今、趣味で自宅でビールを作る人が増えているが、150年前のミルウオーキーでも、母国のビールが飲みたくてたまらなくて、自宅でビールを作っていたドイツ移民たちがいたのだろうと想像すると、今昔、人が好きなことは変わらない!

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以前は、Miller意外にも大手メーカー(Pabst等)がミルウオーキーにあったそうだが、今も残るはMillerのみ、他はみな去ってしまった。

ミシガン湖がすぐ傍なので、重工業も栄えたらしいが、「rust belt」の例にもれず、昔のような活気はないらしいが、それでも、ミルウオーキーはそれほどさびれを感じないな、と思った(が、実際はどうなんだろう)。

歴史的建造物の保存に懸命で、「National Trust for Historic Preservation」から「Dozen Distinctive Destinations」に表彰されたとのことで、そういう保存も観光に一役(どころか大いに?)買っていることだろう。

Horse carriage

ダウンタウンの観光馬車。

Harley Davidson

ハーレーデビットソン(Harley Davidson) の本社とHarley-Davidson Museumも、ミルウオーキーにある。

ミルウオーキーのあちこちで、やたらとハーレーを多く見かけたが、ハーレーの本社やMuseumへの巡礼旅行に来ているのに違いない、と推測。

 

6月下旬〜7月初旬のSummerFest は、相当賑わうそうである。そのフェスティバルのある時期にミルウオーキーに行きたかったのだが、ホテルはもう〜〜どこも超満員!だったので、違う週末に行ったのでした。

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関連投稿ポスト(読んでね):

フェリーでミシガン湖横断、いざミルウオーキーへ

 

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ミルウオーキーはT.ルーズベルト大統領の暗殺未遂地 Theodore Roosevelt – Attempted Assassination @Milwaukee


2014年最後の投稿でーす。今年も、本ブログを訪問していただいた方々、どうもありがとうございましたm–m

この9月に、 ケン・バーンズ(Ken Burns)のドキュメンタリー映画「 The Roosevelts」が’PBSで放送されたが、セオドア(またはテオドール)・ルーズベルト大統領、フランクリン・ルーズベルト大統領、そしてエレノール大統領夫人(フランクリン大統領夫人)のドキュメンタリーで、いつもながら、ケン・バーンズの作品は実によくできていると思う!(ミシガン出身の映画監督がまたひとりで書きましたが、ケン・バーンズは、ミシガン州アナーバーの出身です)。

President of the United States Theodore Roosev...

President of the United States Theodore Roosevelt, head-and-shoulders portrait, facing front. Deutsch: Theodore Roosevelt (1858–1919), Präsident der Vereinigten Staaten von 1901 bis 1909, Friedensnobelpreisträger des Jahres 1906. (Photo credit: Wikipedia)

第26代大統領のセオドア・ルーズベルト(Theodore Roosevelt)と第32代大統領のフランクリンルーズベルト(Franklin Roosevelt)は、いとこどうしでした。いとこといっても、5th cousin。5th cousinは、かなーり遠い親戚になるようです。(「nth cousin」の数え方が説明されているサイトがいろいろあるので、興味あったら調べてみては)

Theodoreの発音は難しい。「テオドール」よりも、「セオドア」の方が、たぶん米国人に通じそう。

セオドア大統領は、フランクリン大統領よりもエレノール夫人の方により近い親戚関係だったそうで。ええっ! てことは、この3人、みな親戚同士なのか。フランクリン大統領の両親も6th cousinどうしだったそうだし、昔は一族内での結婚がよくあったのだなあ。一族といったって6th cousinくらい遠くなると、ほとんど他人と同じようなもので結婚しても大丈夫なのかも。(あなたも、ひょっとしたら、あなたの配偶者、実は10th cousinくらいだったりして?!)

Franklin Delano Roosevelt, three-quarter lengt...

Franklin Delano Roosevelt, three-quarter length portrait, seated, facing left as Asst. Sect. of the Navy. (Photo credit: Wikipedia)

セオドア大統領は共和党、フランクリン大統領は民主党だったが、どちらも、今の米国を大きく形作った人物。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、今回は、セオドア・ルーズベルト氏がウイスコンシン州ミルウオーキーで、暗殺未遂に会っていたことについて。

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セオドア・ルーズベルトの暗殺未遂があったということさえも、私は知らなかったのだが — いつもながらの無知で、ミシガン湖をフェリーで横断してミルウオーキーに遊びに行った時(フェリーでミシガン湖横断、いざミルウオーキーへ(Crossing Lake Michigan))、ミルウオーキーで泊まったホテルがたまたま、その暗殺未遂の場所だったので、初めて知ったのであった。

泊まったホテルはHyatt Regency Milwaukee。ケチな私は「そんな高いとこ」と渋ったのだが、私よりもぜいたく好きな亭主に押し切られてそのホテルにしたのだった。おかげで、セオドア・ルーズベルト暗殺未遂のことを学ぶことができて、こうしてこのブログを書いている(笑)。

上の写真と説明板は、ホテル1階の廊下の、出口付近に、何気なく飾ってあったもの。

ふーん、何これと見てみて、びっくり仰天!

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地元の(失業中だった)バーテンダーが犯人。心無しか、レーガン大統領を撃ったヒンクリー(Hinckley)に、似ているような気がしないでもない。

Sign of attempted assasination

1912年10月14日、その時には彼は前大統領の身分だったのだが、もう一度大統領を目指して、候補者としてミルウオーキーに遊説に来た時、まさに、この場所、今、自分が立っているこの場所で、胸を撃たれた、と!

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これが当時のホテルの外観。

当時はHyatt Regency Milwaukeeではなく、Hotel Gilpatrickというホテルだったそうだ。

セオドア氏は、Hotel Gilpatrickに立ち寄り、地元の名士たちと夕食をした後、近くの会場(現在のMilwaukee Theatre)での演説へ向かうためホテルの外に出て、群衆に挨拶をしながら車に乗ろうとする時に、撃たれたそうだ。

exterior of hotel today

今の、Hyatt Regency Milwaukeeホテルの外観。

(なかなか良いホテルだったです)

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セオドア・ルーズベルト氏は何かと驚異的な人物だったようだが、ここでもそれを十分に発揮。

撃たれた後、すぐに病院へ行かず、予定通り演説会場へ向かい、シャツが血に染まりながらも1時間超の演説をやり遂げたそうだ。なんと いうタフガイ(@@)

病院へ連れて行ってもらったのは、演説を終えてから。

彼は狩猟の経験が豊富だったので、自分が口から血を吐いていないことから弾丸が肺まで貫通していないようであること、だからすぐに病院に行かなくても大丈夫、と自分で判断。「弾丸一つくらいで死にはせん!」と言ったそうである。

陸軍用の厚いオーバーコートを着ていたこと、金属製のメガネケースや50ページの演説文書を胸ポケットに入れていたおかげで、それらに阻まれて弾丸が肺まで達しなかった、と説明文(下)に書いてある。ふー、良かったね。。。

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弾丸を抜き取られる手術は行われることなく、彼は胸に弾丸が入ったまま残りの人生を生きたそうだ。痛む時はなかったのかな。。?

彼はhigh energy personで、大統領時代(1901~1909年)でも毎日本を1冊必ず読破し、国民からの膨大な数の手紙に必ず返事をし。。。と、いやはや、すごい人だった。カリスマがあって、歴代の米国の大統領の中でも1、2を争う人気の大統領だったそうである。今ならまるで民主党左派のような政策も打ち出したようだが、当時の共和党は今の共和党とかなり違っていたらしい。

ボクシングを趣味でやっていたというのも、今の時代では考えられない。100年前は、ボクシングは主流のスポーツで、上流階級の人たちでさえやっていたらしい。今なら、テニス、ゴルフ、乗馬、ラクロス(Lacross)、といったところか。ルーズベルトはホワイトハウスで側近とボクシングをして楽しんでいたが、側近に目を打たれ、片目を失明してしまったそうだ。

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セオドア(そしてフランクリン)ルーズベルト大統領について詳しく知りたい方、ケン・バーンズのドキュメンタリー映画、本当に面白いですよ。

9月にテレビで放送されたものが、一部ですが次のリンクで見れます。

大長編。全て見るには購入しないといけないのだろうが、どんなフィルムか、垣間みることができます。ケン・バーンズの作品はいつもそうなのだが、よくまあこんなものを見つけたな、と驚くような写真や文献がたくさん出てくる。南北戦争の頃からの古い古い数々の写真。ワシントンDCの国立公文書館などで調べるのだそうだ。

http://www.pbs.org/kenburns/the-roosevelts/watch-videos/

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最後に、ミルウオーキーの街並みの写真もいくつかを。

きれいな街です。別の投稿で、もっと写真を載せることにします。

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では、皆様、良いお年を。A Happy New Year!

 

Hyatt Regency Milwaukeeホテルのサイトはここ

参考サイト:http://en.wikipedia.org/wiki/Milwaukee_Theatre

 http://www.smithsonianmag.com/history/the-speech-that-saved-teddy-roosevelts-life-83479091/?no-ist

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ヘミングウエイの短編小説の舞台、北ミシガン  Northern Michigan in Hemingway’s Short Stories

やれ、今年も、あっという間に12月になってしまった。。。

クリスマスのプレゼントを何にしようかと悩む、頭痛の季節の到来。

と、本屋(Barns & Noble) で、ヘミングウエイの短編小説の本を見つけた!

Nick Adams book (English)

ヘミングウエイの両親が北ミシガン(Petoskey)にサマーハウスを持っていたこと、ヘミングウエイは子供時代、両親、兄弟とともに毎夏を北ミシガンで過ごしていたことを、以前書いたが、彼は、その北ミシガンを舞台に、いくつもの短編を書いている。

ニック・アダムス(Nick Adams)という名の若い男が主人公の短編だが、ニック・アダムスとはヘミングウエイ彼自身のことである。

この本を、亭主にクリスマスにあげることに決定(ああ、よかった。あとは、服でも1〜2着あげれば満足してくれそう。これで亭主の分は完了。いっちょあがりっ)

ヘミングウエイが北ミシガンを舞台に短編を書いていたことは、あまり知られていないようだが、でも、本屋さんに行けば、ちゃーんと置いてある。

 

読んでみると、いかにも北ミシガンの、夏でも(夜になると)冷涼な、シンとした空気がよく伝わってくる。

「伝わってくる」と感じるのも、自分がミシガンの冷涼な夏を経験したからこそ、よけいに伝わってくる、と思うのです。

貴方、実際にミシガンに住んだことがあるなら、住んでいるなら、ミシガンを訪れたことがあるなら、きっと面白いだろうと思います。おすすめ。

小説というものは、やはり、その地に行ったことがあると、感覚として、理解度がかなり違うのだろう、と思うのだが、北ミシガンの自然の描写が、とても納得できるのである。「ああ、ミシガンだなあ、これ」と。

Hemingway short stories (in Japanese

日本語訳の本も、持ってます。

Amazon Japanから購入したもの。

Contents Page (in Japanese)

 

これは目次のページ。

「北ミシガンで(Up in Michigan)」というのがありますね。

これは、Petoskeyの地を舞台に、若い女性が、好意を持っている近所の鍛冶屋の男性からレイプされてしまうストリーだが、北ミシガンの冷涼な空気がよく滲み出ているなあ、と感じてしまう一品。なかなかに衝撃的で印象深い物語。誰でも書けるものではないっすね、やっぱ。

「二つの心臓の大きな川」というのは、主人公が川でマス釣りをするストーリーだが、その自然描写、マス釣りの描写が素晴らしいと思う。北ミシガン(Petoskey辺り)が舞台らしいが、あの辺の美しいが水が氷のように冷たい川を、まざまざと想像できる。原文は、「Big Two Hearted-River)。「二つの心臓の」という訳は、どうもいただけない。「Two Hearted-River」という名前の川が実際にあったそうで(今もその川がその名前なのかは知らない)、名前が詩的だからとタイトルに選ばれたそうなのだが、この訳、何とかならないものかね? かといって、「トウー・ハーテイッド・リバー」とカタカナにすると目がチカチカしそうだし。外国の小説を訳すというのは、本当に難しいものだ。

外国の小説を日本語訳で読むことの限界を、この短編集でも、ところどころ感じてしまうのは、私だけ?

ヘミングウエイは乾いた力強い文で知られているが、これらの短編に、すでにそれは伺い知られる(と批評家は書いているが、しろうとの私でもそう感じる)。それは、日本語訳でも十分感じ取れると思う。

これらの短編は、「陽はまた昇る」の有名作品を世に出す前、1920年代のパリでの無名時代に 書かれたものだそうだ。

ヘミングウエイがキーウエストに住んでいたことは超有名だが、若い時に北ミシガンで夏を過ごしていたことはほんと、あまり知られてないね! 彼は北ミシガンが相当好きで、後年、北ミシガンの晴れた日の抜けるように青い空を懐かしがっていたそうである。

「Summer People」という短編には、「シャルルボア(Charlevoix)」の地名も出てくる。Petoskeyで夏一緒に遊んだ若い男女達がモデルとなっているそうだ(この短編は、日本語訳の本には入っていない)。

ミシガンに住むことになった貴方、ミシガンを訪れる機会に恵まれた貴方、ぜひ、ヘミングウエイの短編を読んでみて。1910〜20年代の北ミシガンと今の北ミシガンって、ほとんど変わっていないんじゃないかと思えてさえ来ます。

ヘミングウエイ行き着けの駄菓子屋さん(Horton General Store@Petoskey, Michigan)

ヘミングウエイゆかりの地、ペタスキー:レストラン編 (Hemingway’s Footprint@Petosky – City Park Grill)

 

ところで、ヘミングウエイの短編がタダで読めるサイトを見つけました(英語ですが)。原文で読むと、また一段と、ミシガンの香りというか(香りというものがあるか?)、空気をよく感じれると思うのですが、ご興味あれば、ぜひお試しあれ。

http://pdbooks.ca/books/english/authors/hemingway-ernest/short-stories/part-two/a-man-of-the-world.html

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ハロウインの前夜祭? Devil’s Night @Detroit



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貴方は、Devil’s Night って聞いたことある?

Downtown Detroit night shot from the 36th floo...いつだったか、Sさん、Mさんとハロウィン の話をしていて、私が「そういえば、最近、Devil’s Nightも随分下火になったみたいで、よかったですねえ」と言ったら、二人とも、「え? Devil’s Nightって何ですか?」

驚き桃の木。。。SさんもMさんも日本人で、ミシガンにもう15〜20年ほど住んでいる。

在米日本人の中には、何年住んでいても、アメリカ社会についての知識・情報がポーンと抜けている人がいるものだが(自分のことは棚に上げて言う)、この二人も、まさにそうだった! Devil’s Nightという言葉を、15〜20年間、一度も聞いたことがない。。。!

Devil’s Nightというのは、ハロウィンの前夜、つまり10月30日の夜のことで、デトロイトのあちこちで放火が発生するのである。

デトロイト市内には廃墟化した建物・家宅が数万あるので、放火をやり放題できるのである。


http://www.gettyimages.com/detail/101057128


Devil's Night (album)

Devil’s Night (album) (Photo credit: Wikipedia)

今はずいぶんと件数が減ったようだが、1980年代〜1990年代前半がひどかった。メデイアで騒がれていたのを、私も覚えている。

1984年には何と297数件もの放火が起き、NYタイムズに、「世界中で最も放火の多い街(arson capital of the world)」という、ありがたくない名前をもらってしまったそうだ。

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暗い街のあちこちでメラメラと橙色の火が燃えさかるのは、いかにも「悪魔の夜(Devil’s Night)」と呼ばれるにぴったりの光景だろう。

けしからんことに、デトロイト市で随一の高層ビルであるルネッサンスセンター(Renaissance Center)ビルまでわざわざ出かけて行き、ビルの高所からその火事の夜景を眺め楽しんだ人々もいたそうである。

正直言えば、暗闇の中あちこちに光る火を見てみたいという(ネクラ〜な?)気持ちが自分の中にもある。人間にある、悪いこと、怖いこと、おどろおどろしいことを覗き見してみたい気持ち。暗闇と火の組み合わせは、なぜか魅惑的。それはたぶん、太古の昔から人は焚き火を囲んで生きてきたからだ、という説を読んだことがあるが、ふんふん、確かにそうかも。

Ren Cen from Riverwalk

Ren Cen from Riverwalk (Photo credit: Wikipedia)

1995年に、Angels’ Nightという、一般市民の夜警ボランティアグループとデトロイト市消防局が一丸になっての放火防止パトロール活動が立ち上げられ、その効果が徐々に現れて、昨年(2013年)は、10月29日〜11月1日の3日間でたったの95件の放火発生、というところまで改善された(95件でも、まだ随分多い感じがするが)。

 

ということを、ざっと説明してあげたら、SさんもMさんも、なかなか信じてくれない。

「本当ですかあ?」

腹が立った。

こういう手合いの人たちは、この地に長く住んでいる先輩の永住日本人どころか、アメリカ人の言うことだって、なかなか信じないところがある —と断言すると独断偏見に満ちてしまうが、私の(限られた)経験から言ってます。(もちろんそうじゃない人もたくさんいる)

下記に、しかるべきメデイアによるdevil’s nightの記事へのリンクを貼っておくので、さあこれでもう、信じないわけには行かないだろう!(でもこのブログを見てくれそうにない)

Wikipediaにも載っています。

今年は一体何件の放火が起きることだろう。今年(今月だ!)のAngels’ Nightのボランティアを、今、募集中だそうです。貴方、応募してみますか?デトロイトの防犯パトロール活動は、ちょっとこわすぎ? ボランティアの(アメリカ人の)方々、本当に大変ご苦労様です。

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さて、余談 –

デトロイト市内に点在する廃墟ビルは、何やら怖くて、近づきたくないものだが(屋内で麻薬をやっているとの話を聞いたこともある)、そういう廃墟を好きな人たちがいる。ヨーロッパ人に廃墟が好きな人が多く、廃墟についてのブログや写真集がたくさんあるらしい。なぜ、特にヨーロッパ人に受けるのだろう? 日本に住んでいる外国人にも廃墟好きな人がいて、日本の閉山した炭坑跡地などを巡る趣味の人がいるようだ。「haikyo」という言葉が在日外国人たちの間で使われているようである。

欧州人がデトロイトを好きなことについての記事のリンクです。ご参考にどうぞ。

Why Foreigners are Still Attracted to Detroit (by PRI’s the World, June 8, 2012)

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紅葉前線南下中! – 2014年 Fall Color Season 2014

今年も、はや、紅葉の季節が近づいてきた。


今年の夏は涼しかったので、夏があったようななかったような感じでしたね。そしてあっという間に9月も下旬。ああ、また秋が来て、あの長ーい寒ーい冬が来て。。。。

ミシガン州観光局が、今年もまた、紅葉前線予想と、おすすめ紅葉鑑賞ルートをサイトに出しました。

http://www.michigan.org/fall/?utm_source=govdelivery&utm_medium=Email&utm_campaign=Newsletter

サイダーミルやワイナリーの情報も載っていますね。

ミシガン州の「Pure Michigan」観光キャンペーンは、ほんとにすばらしい!

長い冬が来る前に、美しい紅葉をめいっぱい観て楽しんでおこう!


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去年の紅葉前線についての投稿:

https://ayamay.com/2013/09/28/紅葉を観に行こう%E3%80%80fall-color-season-is-here/

 

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ヘミングウエイゆかりの地、ペタスキー :レストラン編   Hemingway’s Footprint@Petoskey – City Park Grill

さて今回は、ヘミングウエイが夏を過ごした北ミシガン、ペタウスキー(Petoskey)のダウンタウンのレストランのひとつ、City Park Grill 。ヘミングウエイはここによく来ていたそうだ。だが、当時はここはレストランではなく、ビリヤード(玉突き)場(billiard hall)プラス、バー(bar)だったそうだ。地下室にはボーリング場(bowling alley)もあった時もあったとか。

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ダウンタウンの東端にある。

 

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ヘミングウエイは、玉突きをして、バーに座って酒を飲んで、そうしながら、短編小説の構想を練っていたそうだ(彼は最初の頃は、短編小説ばかりを、たくさん書いた)

OLYMPUS DIGITAL CAMERAここにも、まるでアメリカの警察官のバッジのようなサインが。

近くの公園では、ボクシング試合(bare-knuckle boxing)を観戦して楽しんだ、とのこと。bare-knuckle boxingというのは、ボクシングのグラブなどを一切はめず、素手でやるボクシングだそうです。そういうことが、観光地のダウンタウンの公園で行われていたというのが、時代を感じる。今では考えられない! たった100年で世の中は随分変わる。

OLYMPUS DIGITAL CAMERAペタウスキーのダウンタウン。

この町は、意外に古くから、(特にシカゴ方面の中流階級以上の人たちにとって)夏のバカンス地だったらしい。

蒸し暑いシカゴ地方の夏を避けて、涼しい夏を北ミシガンに求めて人々がやって来始めたのは19世紀後半。フェリーと鉄道が発達したおかげだが、1900年初頭には、なんと10万人以上もの避暑客が毎夏訪れる大リゾート地となっていたそうだ!

よく考えてみれば、当時は、エアコンなんてなかったのだった(扇風機さえもまだなかった!)。今はそういうものが当然のごとく存在するので、避暑に出かけるという意味が、すぐにはピンと来ない。シカゴ辺りがどれだけ暑かったことやら。北ミシガンなら、さらりと涼しい夏で、さぞ気持ちよかったことであろう。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA ダウンタウン。

高級ブテイックが多い。それも、おばんっぽいファッションのお店が多い(失礼!)

高級車もよく見かける。ここに来るのは裕福・年配の米人が多いんだろうな、と推察される。

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さて、City Park Grillレストランの中に戻りましょう。

週末だったので、大入り満員でした。

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メニューにはもちろん、ヘミングウエイの写真が。彼がここによく来ていたことが紹介されている。

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彼は釣り(fishing)や狩猟(hunting)が大好きだったそうだ。パイプを口にくわえて、これも時代を感じるね。

パイプ、昔、流行ってました(私が小さい頃、私の父も、父の友人も、みな、パイプをくゆらせていた)

これ、何才頃の写真かな? まだほっそりとしてて、後年のあの貫禄は、まだ感じられない。

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ビリヤード場は今はないが、バーはまだある。ヘミングウェイの写真が飾ってある。

若い彼はここに座って飲んでいたのですねえ

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これこれ! 多くの人にとってヘミングウエイのイメージは、まさにこの、でっぷりとしてあごひげをたくわえた、「Papa Hemingway」。彼は「アーネスト(Earnest)」という本名をあまり好きでなく、代わりに「パパ」と呼ばれるのを好んだとのことである。

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「A Man of the World」という短編は、このバーで生まれたそうだ。私はまだ読んだことがない。近いうちに読むつもりです。 貴方は読んだことある?

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壁や天井が、浮き彫りの金属シートで覆われている。ブリキ(tin)なんでしょうか、何?

100年〜150年ほど前の建物のインテリアに、こういうの、多いですね。

このレストランは1875年築。

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Petoskeyに近いTraverse Cityのワイントレイル、Leelanau Peninsular 産の白ワインを頼む。ローカルビジネスをサポートしなくっちゃ! 北ミシガンの白ワインは美味しい。

このレストランは、決して高くないのも、いいです。

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さてさて、ヘミングウェイ ゆかりのこの地の連載は、まだまだ続きますが、最近、とにかくバタバタしてて、1ヶ月に1度のペースで書ければいい方、という感じです。ボチボチとやって行きたいと思います(^^)。

ヘミングウェイは、Petoskeyのこの一帯を舞台に、ニック・アダムス(Nick Adams)という名前の若い男性を主人公にした短編をいくつも書いているが、ニック・アダムスは、ヘミングウエイ彼自身のことなのだそうです。

このレストランのサイト:cityparkgrill.com

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他の投稿記事も、よろしくどうぞ!

ヘミングウェイが足繁く通った駄菓子屋さん:こちらをクリック

ヘミングウェイが泊まったことのあるホテル:こちらをクリック

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ヘミングウェイ行きつけの駄菓子屋さん Horton Bay General Store@Petosky, Michigan

ヘミングウェイは生まれてから成人するまで、毎年、両親・家族とともに北ミシガンのサマーハウスで夏を過ごしたが、その滞在中に足しげく通った駄菓子屋さん(General Store)が、今も当時の姿のままで、しっかりと存在している。

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ヘミングウェイの子供時代は1900〜1910年代。でも、このお店ができたのは1876年らしい。

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お店のオーナーは、当時から何度も代わっているそうだ。現在のオーナー夫婦が、お店の切り盛りをしている。長髪のヒッピーのような初老のおじさんとおばさん(おじさん、後方に小さく写ってます)。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA雑貨屋「General Store」というだけあって、いろんなものを雑然と売っている。コーヒー、ケーキ、クッキー、云々。

他のお店と違うのは、よくよく見るとヘミングウェイの写真や彼についての古い新聞記事が壁に飾ってあったり、絵はがきやマグカップも置いてあるところ。

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夏のバカンス地のゆったりした空気によくマッチ。

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何も知らない人が、ただの古いお店と思って「冷たい飲み物でも買おうか」と思って立ち寄ったら、このサインを見て仰天することだろう。

とにかく地味(low key)。

この辺一帯に、観光地らしい宣伝の看板は、全くない。

派手な観光地にしたくないようである。むしろ、人々は普通の夏のバケーション地としてこの辺に滞在したいらしい。実際、バケーション用貸コンドや貸家の広告がインターネットに載っている。この私だって、この地にコンドか家を1週間ほど借りて、夏を楽しむ事ができるわけだ。

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お店の奥でランチや朝食を食べることができるらしい。夏の週末は予約客でいっぱいとか。ったって、すごく小さなスペースだから、大した人数にはならない。

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中庭(patio)

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当時の写真。車がやっと登場し始めた頃。

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1980年代発行の地方新聞記事も壁に飾ってある。この地がヘミングウェイにゆかりがあることを紹介した記事。

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最初の結婚の時の写真も飾ってあった。

彼は4度結婚したが、その最初の結婚は、式をここで挙げて、ハネムーンはここWalloon Lakeのサマーハウスで寝泊まりしている。それも、床にマットレスを敷いて寝たという(!)。このようなハネムーンは、今の時代なら、絶対に新婦からブーイング(booing)されそうである(笑)

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雑貨屋の左隣。

ここに昔教会があって、ここでヘミングウェイは結婚式を挙げたのだと、雑貨屋のおじさんが教えてくれた。

その教会は、今から数十年前に、火事で焼失しまったとか。

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA右隣は本屋さんのよう。バカンスで退屈して読むものがほしくなったら、ここで買いましょう、ということか。

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コーヒーを買う。といっても、「Humane Societyへの寄付」の形でお金をビンに入れる。

この雑貨屋の店主のおじさん、まるっきり愛想がない。にこりともせず、声もかけず(お客は他にいなかったのに)。売る気あるんかー。私がアジア人だから?とも思ったが(私はすぐそう勘ぐってしまう、ちょっと悪い癖)、アメリカ人の亭主にも同じように無愛想だったので、きっと、誰に対してもそうなのだろう。

しかし、おしゃべりの亭主がいつの間にか、おじさんをおしゃべりに引き込む。おじさん、「観光ツアーバスは時々ここに来るんだけど、お客さんたちはお店の中を見て回るだけで何も買ってくれない」とぼやき始める。

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そうか、観光ツアーにこのお店が含まれているんだ。やはり、米国人には、一応知られているのね、この辺りがヘミングウェイの子供時代の夏のバカンス地だったこと。亭主も実は以前から知っていた「ああ、けっこう知られているよ」。じゃ、なんで、もっと昔に言ってくれなかったんだっ。知らぬは無知なガイジンの我が身ばかりなり。。。

亭主はアメリカ人でその上おしゃべりなので、いろんなアメリカ人が亭主と打ち解けておしゃべりを始める。おかげで私は亭主を通じて、日本人だけなら得られないかもしれない情報を得ることがある。その情報を、こうしてブログで流しております(笑)。

店主のぼやきを聞いて、なんだか可哀想になって、マグカップ(mug)をひとつ買ってあげた(上の写真)。10ドルを優に超えるoverpriced mugなのに(私って優しいなあ)、このおじさん、嬉しそうな顔ひとつせず、「はあ、どうもありがとうございます」だけ。売れたのが信じられないかのように、ぼんやり無表情であった。この店主、商売に向いてない! だから、観光ツアーバスがここに止まっても人は何も買わないで去ってしまうんだー! なぜ、このおじさんとおかみさん、このお店を買い取ることにしたのか、よく分からないのだが。でも、やっぱり、ちょっと面白いお店でした。

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雑貨屋さんのすぐ傍にある、湖のビーチ。

これがWalloon Lakeかと思ったけど、違った。Walloon Lakeはもうひとつ隣にあるらしい。行ってみようとしたが、ナビを使ったにもかかわらず’迷ってしまい、諦める。この辺一帯の地理は分かりづらい。「ヘミングウェイが夏のバカンスを楽しんだ湖はこちらの方向」なんてサインがどこにも全くないのも、助けにならない。

サマーハウスも同じ。一般公開になっていなくて、道路に「ここがヘミングウェイのサマーハウス」なんてサインが立っているのでもなく、観光ガイドブックにも所在地さえ記されていない。ヘミングウェイの甥夫婦がその家に住んでいる、と読んだことがあるが、今もそうなのかは、よく知りません。

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当時の蒸気船の写真もお店の壁に。こういうのにイリノイ側から乗って、ミシガン側に着いたら汽車に乗り継いで毎年来ていたのですね。車が発達するちょっと前の時代のこと。たったイリノイからミシガンへの旅路も、なかなか大変だったようです。

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こんなにも地味(low key)で、観光地化していないことが驚きだが、これは、アメリカだからそうなのではなく、この地方の人たちの希望らしい。フロリダや他のヘミングウェイゆかりの地は、もっとヘミングウェイの名前を借りての金儲けに貪欲だそうである(でも、私は、ヘミングウェイが後年住んだお屋敷のあるキーウエスト(Key West)に行ったことがあるが、特に気になるレベルではなかったと記憶)。ミシガンというのは、とかく地味な所だなあと、私は常々思っているのだが、かの有名なヘミングウェイでさえも、ミシガン人の手にかかるとlow keyとなる。いつまでも、自然にあふれた静かな夏のバケーション地のままにしておきたいようだ。それは、きっと良いことなのだ。

 

ヘミングウェイは、夏を過ごしたこの土地を舞台に短編をいくつも書いている。これを読んでいる貴方、米文学を専攻した方とか、ヘミングウェイの大ファンなら、そんなこと、とっくにご存知ですよね。。。! 私は恥ずかしながら、ヘミングウェイが短編を書いていたということさえ知らなかった(笑)。いつか、読んでみよう。

この雑貨屋さんのサイト: hortonbaygeneralstore.com

関連post:ヘミングウェイが泊まったホテル (Hemingway & Perry Hotel @Petoskey)

Google Maps

 

 

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ヘミングウエーが泊まったホテル Hemingway & Perry Hotel @Petoskey

北ミシガンに、(ミシガン州人に)人気のスキー場、Boyne MountainとBoyne Highlandsがあるが、そのもう少し北に、ペタウスキー(Petoskey)という町がある。

このペタウスキー(Petoskey)はリゾートタウンで、夏は避暑客で賑わう。

避暑って。。。!! 私のような暑い暑い夏の日本から来た人間からみれば、ミシガンのような涼しい地に住んでいて避暑も何もないだろう、と思うのだが、もっと北のカナダ人でさえも「避暑」に夏は北上するらしい。「Go Up North」という表現はミシガン人がよく使うが、なんと、カナダ人も使うらしい!!! 私には到底理解できないことなのだ。

さて、このペタウスキーは、かの大文豪のヘミングウェイが、子供時代、毎年夏、家族とともにバカンスに来ていた所なのである。

より正確に言うと、ヘミングウェイの両親はペタウスキーのすぐ近くにあるワルーン湖(Waloon Lake) という湖のほとりにsummer houseを持っていて、ヘミングウェイは家族と一緒に毎夏、シカゴ郊外から(ヘミングウェイはOak Parkというシカゴ郊外で生まれ育った)汽車に乗って、蒸気船でミシガン湖を渡って、また汽車に乗ってはるばるやって来ていた。そしてそこに夏中滞在していたそうだ。

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そして、ヘミングウェイが青年の時に泊まったことのあるホテルが、Petoskeyのダウンタウンにある(上の写真)。

ペリーホテル(Perry Hotel)という、1899年築の美しいホテル。

1916年(つまり17才の時)、友人とはるばるイリノイから徒歩でキャンプしながらここまで来て、このホテルに泊まった後、Walloon Lakeのサマーハウスに向かった、ということだ。

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ホテルの玄関口にあるサイン。

イリノイから徒歩で!!  健脚だなあ

 

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ヘミングウェイは、魚釣りやら狩りやらキャンプやらをこの辺で散々楽しんだということで、かなりのアウトドア派だったのですね。(今の米国人にも、そういうこと大好きな人たちがたくさんいるなー)

 

 

 

さて、宿泊客ではないのだけど、図々しいかなとは思いつつ、ホテルの中に入って、うろついてみた。

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ヘミングウェイは、このホテルで一泊75セント払ったそうである。えーと、1916年当時75セントって、安かったのか高かったのか、全然分からない。。。。(笑)

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カフェテリア

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昔の建物らしく、玄関に憩いのポーチ(Patio)があるのがいい。でも、夏でも夕方は私にはたぶん涼しすぎる。。。

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ダウンタウンの東端にあるのだが、ダウンタウンの通りからすぐ見えてくる。

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通りからちょっと見では、ふつうの(ちょっと安っぽい)ホテルかと思ったら、何の何の、中身は豪華だったので、びっくりした。そして、安くないです、ここ。

建物の作りが堅固で、しっかりしている。今のペラペラの作りのホテルとは大違い。

OLYMPUS DIGITAL CAMERAホテルの北側には展望台があって、 ミシガン湖が一望できる。より正確には、Little Traverse Bayですかね。湖で「湾(bay)」というのも、すごいな。。。

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ホテルの玄関脇に、冷涼地らしい花が満開。これ、去年の8月だったのですが

シャクヤクのように見えるけど、まさか、シャクヤクが8月に。。。(汗)

 

 

 

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米国の内務省(Dept. of Interior) に、歴史遺産(National Register of Historic Places)として登録されているそうである。

また、1990年以来、「Hemingway Weekend」なるものが毎年開催され、このホテルはその運営本部となっているそうです。

Petoskeyのダウンタウンには、ヘミングウェイの足跡をたどるツアーもあるそうで、参加してみたいのだけど、英語ではちょっとしんどい。。。

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私が、Petoskeyがヘミングウェイゆかりの地であることを知ったのは、つい最近のこと。

なぜ、観光地としてもっと有名ではないのだろう。

これが日本なら、大文豪ゆかりの地ということで、もっともっと全国に名が知られているだろうに。彼が生まれ育ったシカゴ郊外の町だってそうだ。この辺の人たちは商売やる気ないのか、と時々思うことがある。そしてそれは、必ずしも悪いことではなく、そういうところが魅力的でもある。

さて、この夏は、ヘミングウェイ・シリーズをやりたいと思ってます。今年はバタバタしていて、思うようにたくさんは書けないのですが。 若い時にヘミングウェイをよく読んだ者として、彼が毎年夏を過ごした地が実は近くにあったというのは、感慨深いことです。次回以降、彼が行ったPetoskeyダウンタウンのレストランや、彼が少年時代足しげく通った駄菓子屋さんについて、書きたいと思います。

google map

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Petosky area map

ペリーホテルのサイト:  staffords.com/perryhotel

(夏は満員御礼、秋は秋で紅葉シーズンなので、それまた大人気のようです)

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